「文系のオープンソース」が難しいのは, 道具の問題ではなく, 「外部とも交換可能な評価基準」が無いからだと思う
『ウェブ時代をゆく』を読む? — Baldanders.info
もっちー氏の言うような道具の問題ではない、という点に同意。「「外部とも交換可能な評価基準」が無い」という点にも同意。で、もう一つ付け加える。
理系(オープンソース)な運動では、そもそもコーディングができなければ参加できないという明確な閾値が存在した。パソコンでインターネットができる程度では全然ダメで、開発ツールがそれなりに使える程度のリテラシーがなければ参加はできないわけだ。翻って、いわゆる「文系のオープンソース」の場合、利用するツールが簡単であればあるほど、およそインターネットでウェブを見ることのできる程度のリテラシーさえあれば参加など容易にできてしまう。つまり閾値が無いわけだ。そうすると、これは道具云々の話ではなく、如何にしてその組織を運営していくかという運営手腕の問題になる。と思った。