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Street Viewに対して生理的嫌悪感を感じる、と表明すること自体は別に悪いことでもなんでもない。個々人のモノのとらえ方は千差万別だし、ある人が良いと思っていることをほかの人が悪いと判断することもしばしばあるわけで。野原ひろしも「正義の反対は悪なんかじゃないんだ。正義の反対は「また別の正義」なんだよ。」と言っている。

でも、だからといってStreet Viewを停止しろとか、日本ではサービスを展開するな、という話に持って行くのはちょっと違う。

ある人が「社会はこうあるべき」というとき、その人はある一定の倫理観をベースに話をしていて、つまりはその倫理観を他の人にも強要している、という事実に常に気をつける必要がある。

Street Viewに対して生理的嫌悪感を覚え、且つサービスの停止を求めるのであれば、Googleに対し直接メールなり書状を送り要求をするか、サービスの停止を裁判に訴えるなりして自身の要求を相手に対して表明し、戦わないとならない。

まぁ、ある人が「社会はこうあるべき」と言う時には、そう思ってない人がいるということ想像した上で、自分とは(まだ今は)解り合えない他者がいるという前提で話をして欲しいよね。

ちょっと気になるのは、googleが「戦いを挑むやつはこの程度のことではいないだろう」って考えてんじゃないかってこと。もしそうだとして、さらに誰も声をあげないでいたら、それはちょっとよろしくないんじゃないかなーっておもう。というか、その「戦う必要」という解決策は非常に現代的っていうかアメリカ的(笑)な感じがするんだけど、ネットワーク上で形成されるコンセンサスっていう解決の仕方もあって良いんじゃなかろうか? そういう「個人が直接に戦うことを求められない解決法」っていうのは結構大事じゃないかなーって、それてどんな市民活(略)。

僕は、あれに関してはプライバシーを侵害してることは明らかだとおもってる。個人レベルで街でスナップ撮りましたってのとはちょっと違う。あれは写真を撮ってるんじゃなくて、取る側の意志なくデータとして収集してるっていうだけ。もしあれを個人がやってたらものごっつう叩かれるんじゃないかとおもうけどどうだろう? (いや、絶賛もしたい気もするけど)。

ただ、面白さや集積されたデータの価値もわかるので、アクセスする人が明確になるようにすればいいんじゃないかなぁー。Googleのアカウントもってないとアクセスできないとかさー。で、かつそのアカウントが何時何処を見てるかちゃんとログをとってるとかさー。ああいう、面白いけど危険なデータはちゃんとアクセス管理をする必要があるとおもうよ。とくにさ、会社がやってることなんでしょ?

と、思うんだけどどうだろう。

ただおもしろいんだよな(笑)。圧倒的におもろい。あれをつくる仕組み自体をフリーでばら撒いたりしたら凄いこと(みんなが始めてしまってプライバシーがとかいってるのが済し崩しになるんじゃないか? ってさ・笑)になるんじゃないかなー。

あ、ちなみに、実家が写ってなくて僕はちょっと残念でした。
なかなか実家に帰ってないので、ちょっと見たかった。。。

ネットワーク的合意形成、というのは確かに実現すれば美しいのだろうけど実効力が伴うのは難しいし、Google規模になると難しいのではなかろうか。だから米国にはEFFがあるし、自分が積極的に参加できてないのにここで取り上げるのは申し訳ない感じがするのだが、同様の理由で日本ではMIAUが存在している。

Found via kml-deactivated20090622. Posted Friday, August 8th, at 3:00 PM (∞).

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